腹いっぱいで食堂から出ると
耳の垂れた白い犬がじゃれついてきた
「仔犬かオマエ」といって撫でてやったら
「もう七歳よ」と連れのお母さん、。じゃなくて犬を連れたお母さん
車を停め峪底へ滑り落ちるように支尾根を降る。高低さは 150m 位、、、、
完全に降りきってから入口を間違えたことに気が付く。
、、、そこから始めようかと一瞬考えたが、やっぱりもう一度そこを登りかえすことにした。
しかし、何処をどう間違えたのか、上り詰めたそのポイントに自分たちの車は無かった。
上か? それとも下? 景色の変わらない林道を行ったり来たり、、、、、
一汗かいたところで、ようやく下に在るらしい、、ことが漠然とではあるが認識できた。
どうせこの先にある同じような支尾根からまた降るのだ。あの老車がどこいら辺で涼んでいるのかさえ分かればそれでいい。
今更戻る必要なんて無い。
頭の中で老車の生存を思い描きながらもう一度急降下をはじめた。
やたらと絡みつく嫌らしいものに悩まされながら、それでもさっきよりも明確に敷かれた踏み跡を辿り峪底に降りる。
入口はココが最後の一つ。今日はゆっくりできそうだ。

○IEMCO PRESENTS
いつもいつもお世話になりっぱなしで、ホントに頼りになる釣具屋の toss くんの希望もあって、またもやいわなが釣れるところへやって来た。
(なんといっても ○IEMCO PRESENTS ですのでご希望道りに、、、。)
正しく記すといわなも釣れる所? いやあまごも釣れるがしっくりくる。
それにしても水が冷たい。流れも連年になく太く強い。それでも端っこの巻きから応答が、、、、
寒いのでのんびり釣あがる。陽がさしてくると時同じくしていわなが釣はじめた。
何故かあまごは何時までたっても釣れない。
一回目のお茶休憩の後、、、いよいよいい感じになってきた。


日あたりのいい瀬で toss くんがあまごを釣った。
ホントにいい感じになってきた、、、、ら、お腹も空いた。

お昼はデカイ岩が三つ四つ重なって出来た岩の上で、小さな棚を眺めながら食べた。
急ぐ事もないので、ゆっくりお茶を淹れ、其れをすすりながら和んでいた。
ココは車の通るさっきの細い道から、平面的にみても 2000m はある。多分?
森も峪も十分に深く、、、ホント相当に深い。
誰にも気兼ねせず、この後も晴天の明るい峪底を満喫できる。そんな森の中でつりをしていた。
そうココまでは、、、そのはずだった。
突然事態が急変した。それもコレからという時に、、、
何処から現れたのだろう? ゴム長姿で籠魚篭を腰に巻いたお爺さん?が対岸に、、、
その人はおもむろに片方の手の平を広げて、その手を toss くんに向けた。まるで合図のように。
他にも誰かいるらしい。 五人? 上に居る?
恐る恐る上流をのぞくと、これまた立派な長尺を構えたアナザー爺さんが、息を止めて生餌を淵に垂らしていた。

うんと遠くに置いてきた車に戻る。
その途中、遥か彼方に見えた岩峰がきれいだった。
こういうことは、、まあよくあること。
だけど一体何処から?
この峪は今まで以上に人の出入りが激しくなったようだ。
どこかに明確な辿道がまた出来たんだろうか、、、、。

食堂の女将さんに 「”明治” って看板のとこの温泉は入れてもらえるんですか」って聞いてみた。
「何処でもそのへんの宿なら入れてくれるよ」と、女将さん。
混み合ってきた食堂を出ると耳の垂れた白い犬が、、、、
後から知ったのだがその ”明治” は太宰治が執筆のため滞在した宿だそうだ。
でもって、滞在中に執筆した小説は
「正義と微笑」「右大臣実朝」なんだそうだ。
まあこの辺に関しては、正に詳しい方が大勢いらしゃると思います。
なのであまり安易に記すると、可笑しなことになりかねませんのでこれはこの辺で。
ただ”釣師”→”井伏鱒二”、、、太宰→食堂→白犬→ワタシ?と繋がる様で、なにかちょっと気になりました。
でもね、結局は明治のお湯に入れてもらったんじゃないんですよ。
そこの看板だと思っていたんだけど、それは隣のだったんですね。実は。
で、”鷲の湯”っていう銭湯だったんっですよ。
食堂を出たとこから見えていた、その古びた建物はね。
三百八十円だったかな?
「石鹸とかないんだぁ」って脱衣所で話してたら、
潜りの向こうからオバちゃんが「持ってこなかったの?」って話に混じってきて、
親切に私物の資生堂シャンプーと固形石鹸をかしてくれた。
いいよねこういうところって
ますます住みたくなったね。この辺に、、、
今回は信玄公ゆかりの湯村の名湯に浸る。でした。
”dog's age の文豪を尋ねて巡る温泉の旅”は、、、まだまだつづく